« 2004年9月 | トップページ | 2004年11月 »

2004年10月の15件の記事

2004/10/30

ちっちゃな大阪人のおっきな旅

blogを通じて知り合ったちっちゃな大阪人さんが,自転車での日本一周の旅を終えて東京駅にゴールしたそうです.

彼がどんな人なのか?
なぜ旅をしていたのか?

そのことについてはあえてここには書きません.彼のサイトで彼自身の言葉でそれを知ってほしいと思います.彼の想いを伝えることはぼくにはきっと難しい.事実を述べることはできてもそれ以上のものはうまく伝えられないでしょう.

ちっちゃな大阪人さん,ゴールおめでとう!!
自転車で日本一周というおっきな旅を成し遂げたあなたは,とびきり大きな勇気と心を持った「おっきな大阪人」かもしれませんね.

『ちっちゃな大阪人の自転車旅行』
『ちっちゃな大阪人の自転車旅行』(blog)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

blogの可能性

今,仕事が忙しいために,TVをゆっくり見たり,新聞を隅々まで読んだ入りする時間が取れない.そのため,今度の地震の情報はほとんどweb頼りだった.でも,そのおかげでTVや新聞が伝えてくれないことが少し見えたような気がする.

特に,急速に日本でも普及を始めたblogは非常に役に立つ.おそらくメールも(e-mail,携帯メール問わずに)活用されていると思うけれども,blogをはじめとしたwebサイトは広く一般に公開されているため,現地に知人・友人がいないぼくでも生の情報に触れることができる.

そうした,産地直送の新鮮野菜のような,新鮮で生々しい情報を見たり読んだりしていると,TVや新聞は現実をありのままに映し,伝えているようで,実は違うのかもしれないと思ってしまう.

例えば,視察に訪れた政治家さんの様子とかね.

午前中にも、数名の政治家さんが小学校に来ましたが、トイレはどこかとたずねられ、仮設トイレを案内したところ、「わたしに仮設トイレを案内するつもりかね?」と、いわれたそうです。いったいこの国は、どうなっているんでしょう.... 。

『AKIRAMANIA-NA diary』より

この発言には憤りを通り越して悲しくなってしまうね.なにを彼らは視察に行ったのだろうか?

また,ほかにも報道関係者の行動も問題視されているようだ.『天漢日乗』では2ちゃんねるの書き込みがまとめられているようで,ここ読むとよくわかる.

報道の自由も,彼らの使命も理解できる.地震の情報を全国に,全世界に伝えるのが彼らの仕事.がんばってほしいと思うよ.報道関係者みんなが迷惑な行動をしているわけではないはずだ.『神戸新聞の100日』を読むと,伝えるほうも必死でやっているんだなぁと思うもの.

でも,今回の地震報道と『神戸新聞の100日』で決定的に違うのは,彼ら自身が被災者であったか否かだと思う.帰るべき家があり,大切なものを何も失っていない者との温度差がこうした問題を生んでしまったのかな.

外部の人間には,伝えられないことが,伝えきれないことがあるのかもしれないね.

そういう意味で,現地の情報が直接手に入るwebは大いに活用したい.実際,日本よりも5年くらい早くblogの普及が進んでいるアメリカでは情報源として活躍しているようだ.

以前の記事でも触れたけど,911では大いに役立ったようだ.これは,Hotwired『貴重な情報をネットで発信するアマチュア・ジャーナリストたち』に詳しい.

以下,上記記事より引用.

『ニューヨーク・タイムズ』紙などは、血に飢えた、戦争を扇動する意見でいっぱいだが、一般市民たちは、オンラインに集い、幅広い考えを表明している。

どのサイトを見るかにもよるが、報復行為に出る前に、自制と調査と熟慮を求める慎重な意見が述べられていた。もちろん、流血を望む声や大言壮語や愚かな考えもたくさん見受けられたが、少なくとも、オンラインには「議論」があった。

『貴重な情報をネットで発信するアマチュア・ジャーナリストたち』より

『blogに関わる主なHotwired Japanの記事』も参考にどうぞ.

今まさに,こうした動きが日本でも起きている.メディアのあり方が変わる時が来ているのかもしれない.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あれから一週間

地震発生から一週間.全村避難の山古志村では一時帰宅が始まっている.最初の一週間は,みんな必死だし,周りもどんどん支援の手を差し伸べてくれる.でもこれからは,少しずつ落ち着きを取り戻し,だんだんと世間からも忘れられていってしまう.

これからが,さらに大変なんだろう.

前の記事では,物資は十分に確保されたらしいと書いたが,そうではないと考えている人もいるようだ.

いつもおなじみの田口ランディのアメーバ的日常では,こんなことが書かれている.

阪神淡路大震災で神戸にいたときも同じような情況が起こったのを思い出した。 あのときも、たしかに救援物資が余りだした……、かに見えたのだけれど、実は、ニーズの掘り起こしができていなかったのだ。まだまだ必要な人に必要なものが十分に届いていないのだと思う。

『救援物資は余っているの?』より

ランディさんはそう思っているのか.ぼくは被災経験もボランティアの経験もないから,そういうことが想像することができなかった.でも,現地の現実はそうなのかもしれない.

毎日何十台ものトラックで届く物資.山積みの食料,水,毛布などなど.物資は十分だと伝えられた背景には,「被災者は10万人ほどで,届けられた食料がxx万食分.だから当面はまかなえるだろう」と単純に数字で割り出した答えがあったのかもしれないし,「これ以上届いても保管できないし,配ることもままならない」と考えた人がいたのかもしれない.

でも,ニーズは掘り起こされていないのかもしれない.

一週間くらいは,おにぎりやカップ麺でしのげるかもしれない.でも,これからもっと栄養のある温かい食事を提供する必要が出てくるはずだ.特に,子どもとお年寄りの食料事情が心配だ.それに今年は台風が多かったために野菜が高騰している.野菜不足が懸念される.山古志村緊急BLOGによると,山古志村では野菜ジュースは確保することができたそうだ.でも,ほかのところではまだまだ必要とされているかもしれない.(ちなみに,10/30 11:00現在,山古志村では下着類や靴下が不足しているとのこと)

また,これまでは全員が必要なもの,例えば食料や水や毛布が「必要」とされていたけれども,これからは一部の人が必要のものが求められてくるのではないだろうか?

ぼくはメガネを使用しているが,地震の時になくしたり割れてしまったりしたらどうすればよいのだろうか?すぐに度の合ったメガネを手に入れることができるのだろうか?コンタクトを使用している人はケア用品が必要だろうし,最近のディスポーザブルタイプの場合は,交換レンズがなくなる頃かもしれない.こういう問題はもう対処されているのだろうか?それならよいのだけど....

歯科治療が間に合わなくて,歯の痛みで寝られない人がいると聞く.きっとこういう細かいニーズがまだまだあるんじゃないかな?

携帯電話はどうだろう?阪神大震災当時はまだ携帯電話はまだ普及していなかったが,今は違う.一部に普通のエリアがあるようだが復旧しはじめている.避難所では家族・親類との連絡に,情報収集に,ストレス発散に多くの人が携帯電話を使用しているのではないか?

それでは,電源は確保されているのだろうか?充電器の数は十分?コンセントの数は十分?各社のショップでは充電器を貸し出していたり,充電してくれたりするようだけど,みんなちゃんと充電できているのかな?携帯電話は今やライフラインのひとつと言っても過言ではない.これから,復興に向けて人の動きも激しくなるだろう.そうなった時に通信手段の確保は大きな意味を持つはずだ.

想像してみてほしい.自宅の様子を見に行った家族と携帯で連絡が取れなくなったら,どんなに心配になるだろうか?

ここに書いたことはぼくの想像に過ぎない.だから現実とはかけ離れているかもしれないけど,細かいニーズがまだまだありそうだということはわかったきた.

「支援物資は確保されました」というのは,必要最低限の物資が確保されたという意味.「これで十分だ,もう支援は必要ない」という意味ではないんだね.

田口ランディのアメーバ的日常で転載されていたAKIRAさんの日記の言葉(これはAKIRAさんのメール友だちの言葉かな?)を多くの人に伝えたい.伝えてほしい.

本当はボランティアに行けるといいのですが、なかなかみんなができることではなく、人それぞれ少しずつ出来る形で力になれば何か良い結果になるはず。  今一番必要なのは現地の生の声だと僕は思います。  今僕も小千谷市役所に電話したところ確かにおかけ様で救援物資は今時点足りてますが、毎日の状況で何が足りて何が足らないかは変動するので一週間ぐらいしてからなにが必要か確認電話をしてから動いてもらえると助かるとのことでした。  世間の注目が引いた時、これからがもっと大変になると思うので、できる方は約一週間たってから電話してなにが今必要かを聞いてから何かみんなでできることをしましょう。

 小千谷市役所 0258ー83ー3511

『AKIRAMANIA-NA diary』より

これからがもっともっと大変ですね.冬が来て雪が降る.被災した家屋は冬を越せるのだろうか?自宅が積雪に耐えられるか状態かわからない人は,避難所や仮設住宅でこの冬を越さなければならなくなるのだろう.

今,自分にはなにができるのだろうか?改めて考えてみたいと思う.ボランティアには行けそうもないし,モノを送るのは悩むから,義援金くらいしかないのかなぁ?

義援金にも詐欺が横行しているようだから,皆さん気をつけて.信じられないことだけど,信じたくないことだけど,善意ある人がいれば悪意ある人がいるのもまた事実.オレオレ詐欺にも気をつけましょうね.

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004/10/29

なぜ支援物資はあふれたか?

多くの方々の協力の甲斐あって,被災地で不足してた物資は確保されたようだ..
むしろ,続々と届く物資をさばききれない状況に陥っているらしい.
新潟中越地震 支援物資は満杯 小千谷市「事前連絡を」

それではなぜ物資はあふれたのか?
今日はそのことについて考えてみたい.

昨日,行方不明だった母子が乗っていた車が発見され2歳の男児が救出された.救助作業の様子はTVでも中継されたらしい.今朝のTVでも作業の開始から無事救出されるまでの様子を放送していたようだ.新聞でも紙面を割いて大きく報じられていた.しかし,ちょっと疑問に感じたことがある.

ちょっと長過ぎやしないか?記事が大きすぎはしないか?

今,この瞬間に伝えるべきことはもっとほかにあるのではないのかと思ってしまった.そのひとつが,今現地が必要としているものが何かということだ.

もし,それがTVの生中継を通じてリアルタイムに伝えられていたら,全国から届く援助物資がもっともっと有効に活用されていたのではないかと思う.保管することも配布することもできずに宙に浮いてしまう物資を減らして,本当に必要なものを送ってもらうことができたのではないかと思ってしまう.

安否の情報は重要であるし,行方不明だった母子の状況は気になる.それを報道することも必要だと思う.でも,今はそれ以外にも伝えるべきことがたくさんあるはずだと思う.

マスメディアによって地震の情報はいち早く全国に,世界中に伝えられた.TV・新聞でボランティアや物資や義援金などの援助を呼びかけたことによって,多くの善意が集められた.マスメディアの力は大きいなと思う.だからこそ,フォローもしっかりお願いしたいのだ.現地が今どんなものを必要としているのか?今どんな支援を望んでいるのか?もっともっと伝えてほしい.まだまだ十分に伝えられているとは思えない.

被災地ではなぜ大人用の紙おむつが必要なのか?なぜ貼るカイロが必要になるのか?そういうことが世間にはまだまだ理解されていないと思う.周知されていないと思う.

地震は今後も起こる.日本各地で,世界各地で必ず起こる.その時のためにも,今からでも遅くはないから伝えておいてほしい.それが,マスメディアにしかできないことなのではないだろうか?

マスメディアが伝えてくれるかわからないから,この記事を読んだ人は覚えておいてください.
以下,田口ランディのアメーバ的日常より引用

避難所生活のお年寄りにとって、大人のオムツは必需品だったりする。トイレ事情が悪くてトイレをがまんしているうちに膀胱炎になったりするんだ。トイレは本当にお年寄りと生理中の女性にとっては切実な問題だ。元気な男にはなかなか想像ができないので、この部分が手薄になる。

お年寄りは使い捨てカイロをもむことすらできないので、「貼るカイロ」が必要です。

教えてくれてありがとうございます.感謝の気持ちを込めて今日もアメーバ的日常へトラックバック!

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2004/10/28

新潟中越地震関連blog

27日AM10:40頃,会社のエレベーターに乗った.2Fから14Fへ向かう途中,突然「管制運転中」の表示とともに下降を始め,1Fで降ろされてしまった.後になって同時刻に震度6弱の余震が発生していたことを知った.

エレベーターの中だったためか揺れには気がつかなかったが,これがもっと震源に近いところだったらどうだったのだろうか?被災地ではそのときどうなっていたのか?今も強い余震が続いている.おそろしい.震度6を超す揺れが何度も繰り返されるなんて…

今日は,現地の生の声を伝えるblogを取り上げます.

越路町緊急ホームページ
山古志村緊急BLOG

山古志村緊急BLOGの10/27 17:00の記事
物資が不足しています、お願いします。
●下着類 シャツ・パンツ等が不足しています。
●入浴剤 30m3の野天風呂を作ります。入浴剤が必用です。
●野菜ジュース 野菜不足、青物が不足しています。保存の利く野菜ジュースが必要です。

山古志村では下着類が不足しているそうです.これは田口ランディblogのアメーバ的日常に書かれていた通りですね.
※現在は物資は足りているようです(追記 10/29 01:43)

ボランティアを考えている方は,新潟県災害救援ボランティア本部【重要!】災害救援ボランティアにご参加いただける皆様へ(04.10.27 21:52)を読んでください.

また支援物資に関して以下のような情報があります.
新潟県中越地震義援物資の受付が一旦休止となりました。(04.10.27 16:33)
県対策本部によると、新潟県中越地震義援物資が、既にお申し込みいただきました物資を含めると当面必要と思われる物資が確保される見込みとなったと発表がありました。そのことから新規のお申し込みは一旦中止となりました。

状況は刻一刻変化しています.今日必要なものが,明日には不要なものになっているかもしれませんし,その逆もあるかもしれません.ここに書いた情報も古くなっている恐れがあります.最新の状況を確認してから行動する必要があるようです.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/10/27

新潟県中越地震リンク集

新潟県中越地震の余震は今夜も続いている.今も現地では不安な夜を過ごしているのだろう...
せめて天候だけでも回復してはくれぬものか.切に願う.

アメリカでは911の時にblogが重要な情報源になっていたらしい.また,イラク戦争ではバグダットからもblogが発信されていた.TVや新聞では伝えられないような現地の生の声をダイレクトに知ることができるため特に非常時に活躍する.blogは新しい情報源として世界中で活用され始めている.

blogが日本で普及しはじめておよそ一年が経つ.今度の地震は,日本においてblogが活用される最初の事例ということになるだろうか?すでにさまざまなblogで地震関連情報が取り扱われているようだ.

例えば,junziroさんの新潟県中越地震情報リンク集(junzirog)では地震情報,防災情報,交通情報,ライフライン情報,安否情報,ボランティア情報,blog系情報,義援金情報と実に多岐に渡るリンクが集められているし,田口ランディのアメーバ的日常では, 新潟県中越地震特集(INTERNET WATCH)新潟県中越地震に関する災害ボランティア情報についてが紹介されている.

情報を求めている方はぜひ活用していただきたい.

また,田口ランディのアメーバ的日常の記事意味ではなく、趣味のことでは阪神大震災の時のボランティア体験について触れている.ボランティアや支援物資について経験したものだけが知る貴重な意見が書かれているので,ぜひご一読いただきたい.

記事の文中に「元気な男にはなかなか想像ができないので、この部分が手薄になる。」とあるが,まさにその言葉通り自分には想像もできないことが書かれていた.本当に必要とされていることがなにかを想像することは極めて難しいことだ.立場が違えばそれはほとんど不可能なことさえある.だから,知ることが必要なのだ.教えてもらうことが必要なのだ.このような現場の生の声を知ることは,今後自分自身が当事者の立場に立たたされた時も役に立つはずだ.

宝くじで一等を当てて巨万の富を手に入れる確率と,地震や噴火で身体的に,経済的に,精神的に深刻なダメージを受ける確率はさして変わらないのではないかと思う.火山が連なる地震の多い日本に生きている以上ゼロにはならない.だから,今こそ知らなければならない.新潟県中越地震から自分はなにを学べるだろうか?

junziroさんの新潟県中越地震情報リンク集(junzirog)を紹介してくれたくまぶろのくまぱぱさん言葉が印象深い.

災害現地へ駆けつけるだけがボランティアではありません。一番必要とされている事は何かを知る事。それに少しでも役立つために自分が出来る事をしていきましょう。

残念ながら,自分も現地へ駆けつけることはできない.だから今できることをやろうと思う.
被災者の方たちのために,そして自分自身のために.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004/10/25

前人未到の軌跡

最近,写真展に行くようになった.といってもまだ2回か...
東京都写真美術館で見た坂田栄一郎写真展「PIECING THE SKY 天を射る」と,コニカミノルタプラザで見た鈴木 豊 写真展「ガウディ 時空の神話」だけだね.ああ,その前にもサンシャインで高砂淳二の「Night Rainbow」も見たなぁ.だから3回だ.

前は写真展にはあまり興味がなかった.他人の写真にはあまり興味がなかった.なんとなく,人の写真を見てしまうとそれに影響されてしまいそうで,真似をしてしまいそうで避けていたところがある.相手はプロなんだから見たところで真似できるわけではないのにね.だけど,うまい写真を見るとくやしくなってしまうんだよね.自分もこんな写真が撮りたい!って思ってしまうんだ.

でも,最近はいろいろな写真を見るようになった.純粋に写真を見ることを楽しめるようになったというのかな?そして,うまい写真を見て刺激を受けて,それからまた写真を撮りたくなる.もっともっと技術を鍛えて感性を磨いてうまくなりたいと思う.

今日は吉祥寺へ行った.吉祥寺では今,白川義員展〜前人未到の軌跡〜をやっているらしい.今日は時間がなくて見ることができなかったけど,今度機会があったら行きたいなと思う.この人の写真もすごいんだ.雑誌でしか見たことがないけど,写真展ではどんな写真が見られるのだろう?

と思ったら明日までじゃないか!!
しまった,今日見ておけば良かった...

残念だけどあきらめて,こっちにするか.
東京都写真美術館で開催中のSSF世界スポ-ツフォトコンテスト2004写真展も気になる.スポーツ好きとしてはスポーツ写真も興味があるので.こちらは,来月3日まで.見に行けるかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/10/23

あなたのスケジュールがあなたである

またしてもちょっと古い記事より.
百式:プチ工作のススメにこんなことが書いてあった.と言っても本文ではなくて編集後記にだ.

以下,百式:プチ工作のススメより引用.

毎年やるのだが、タイムテーブルをつけ始めた。一日一体全体何をやっているのかを克明に記録していくのだ。予定ではなく実績である。毎日何時間寝て、何時間やりたいことに費やしているのか。そんな記録を3週間ほど続けると今まで見えなかったものが見えてくる。

『あなたのスケジュールがあなたである』

そんなことを言った人もいたっけ。自分探しの旅はスケジュール実績把握から。

引用ここまで.
そうか,自分のスケジュールが自分なのか.これは新しい発見だ.

最近生活が充実していると思う.仕事も遊びも順調.毎日けっこう遅くまで働いているけれど,計画的に仕事をこなすことができているのであまりストレスは感じない.やるべきことが明確になっていてそれを着実に進めることができているうちは大丈夫だ.

そんなわけで某メーカーで開発をやっているぼくはほとんど一日中PCに向かっているのだが,家に帰ってからもPCへ向かう.なんだなんだ一日中PCとにらめっこかよ!?でも,楽しい.こうして記事を書いたり,写真を整理したりするのが楽しみなのだ.そして週末にはカメラを持って街へ山へと向かう.今は寝る時間が惜しいくらいだ.毎日やりたいことに多くの時間を費やしていると思う.タイムテーブルはつけていないけどね.

だけど,あくせくしているわけではない.ゆとりは大切にしているつもり.ぼーっと何もしない時間や,ふとんのなかでまどろんだりする時間も時には必要だと思うんだよね.先週も,渓谷で滝を見ながら,富士山の夕焼けを見ながらぼーっとしてたっけ.そのあと温泉でさらにぼーっとして湯船で寝ちゃったりもしたな...

一日の終わりに,今日は良い一日だったと思えるようにしたいと思う.その積み重ねが,有意義な一週間を作り,充実した一年を作り,良き人生を作るのだと信じているから.

さぁ,今日はどんな一日になるかな?

百式

※21日の記事百式:正しい文化もおもしろいよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

生きる意味とは その2

「生きる意味とは」と言う記事を昨夜書いて『アメーバ的日常』へトラックバックしたら,今朝『生きる意味って何だ その2』という記事が載っていた.トラックバックがたくさんあってびっくりしたそうだ.ぼくの書いた記事がびっくりの何分の一かになっているのだろうか?もしそうだとしたらちょっと嬉しい.

「こういうシビアな問題は、まあ、なんとなく辛気臭いし、あまり興味がないかもしれないなあ、と思いながら書いていたのです。」

うーん,なぜかこういう話題に食いついてしまった.なぜだ?でも興味はある.こういう話題こそ考えさせられるから何度も何度も読んでしまう.読み返してしまう.

「でも、私は酔っ払いで破廉恥な女ですが、実は根がすごく暗かったりするので、書いているとつい人生を語ってしまうわけでして、きっと婆さんになったら、うっとおしい婆さんになるだろうと思います。」

でも,ぼくは酔っぱらいで破廉恥かどうかはわからない男ですが,実は根がすごくまじめでつまんないやつで,書いているとついつい人生を語ってしまうわけで,きっと爺さんになったら,うっとうしい爺さんになるだろうと思います.(そうだね,お前ってそう言うやつだよねという声が聞こえてきそうだ...)

それはさておき,今回の記事も激しく揺さぶられるような内容だった.

イラクの少年を一人助ける.それにどんな意味があるのか?イラクのほかの子どもたちはどうなのか?日本にだって困っている人はいる.そういうことを言い始めるときりがない.すべての人を公平に平等に扱うことはできない.それは歴史が証明している.だから,自分は自分の信じる道を行く.自分の信じることをする.イラクの少年を助けるもよし,駅のホームでおばあちゃんを助けるもよし.人それぞれで良いと思う.

ボランティアなどの人道的行為は意味を求めてしまうと,答えに窮することが多いと思う.自分はボランティア活動の経験は無いけれど,基本的に人助けはしたいと思う.でも,その意味を問われると即答するのは難しい.強いて答えるとするならば「自分がしたいと思うからする」と言うことになるだろうか.

良いことをすると気分がいい.そのために良いことをする.簡単に言うとそういうことになる.それを偽善だという人はいるかもしれないが,それでも人の役に立つのなら良いではないか.親切の押し売りはいけない.それはちょっと違う.でも,求められているならば応じようと思う.必要とされているなら,よろこんで応えたいと思うのだ.

メディアの発達で,世界中の情報が手に入るようになった.そのためにわれわれは世界中の貧困や戦禍を目の当たりにするようになった.今こうしている間にも病に苦しむ子どもたちや争いに巻き込まれる市民が大勢いるはずだ.彼らに対して何もしないことは,ある意味彼らを見殺しにしているとも言える.(こういう表現はできればしたくない.でも,それもまたひとつの見方なのかもしれないと思う)書いていても気持ちが重くなる.苦しくなる.

しかし,何かをしてあげたい気持ちがまったく無いわけではないが,今は彼らに対して何かをしようとは思っていない.残念ながら,今はそうなのだ.TVから新聞からネットから情報は入ってくる.頭では理解している.でも実感が伴わないのだ.実感が伴わないから行動に繋がらない.突き動かされるまで至らない.

先輩がイラクへ行っていたとき,彼の地の安全がとても気になった.そのとき初めてイラク戦争を現実の問題ととらえることができた.恩師が嵐の事故で亡くなった時,自然災害をとても恐ろしいものだと思った.(今年は台風が多かったから何度も事故を思い出して本当に怖かった)人は自分の身近なところで問題が起こらないと事の重大さにはなかなか気がつかないものらしい.

だから,目の前の人には手助けをしたい.自分の大切な人たちの力にはなりたい.そう思う.(それがイラクの少年であるか,駅のホームのおばあちゃんであるかは大して意味を持たない)

今,自分にできることはそう言うことだと思う.
今,自分がやりたいことはそう言うことだと思う.

思い悩むとき思い出す言葉がある.

重要なのは行為そのものであって、結果ではない。行為が実を結ぶかどうかは、自分の力でどうなるものではなく、生きているうちにも分かるとは限らない。だが、正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ何の結果もないのだ。

ガンジー

「結果」を「意味」に置き換えても良いかもしれない.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004/10/22

生きる意味とは

生きることと死ぬこと.
意味と無意味.

田口ランディを読むといつも考えさせられてしまう.

田口ランディのブログ『アメーバ的日常』を読む.
彼女の書く文章が好きだ.飾り気のない素直な文章を書く人だなぁと思う.そしていつも心が揺さぶられる.そして様々なことが脳の中を駆け巡り,考えて考えて言葉にならない言葉があふれてくるんだ.こんなにも自分に刺激を与えてくれる人はなかなかいない.不思議な人だ.これからも楽しみに読みたいと思う.

さて,今回取り上げたいのはちょっと遅くなってしまったが10月15日の記事.『人が生きるための力って?』
山登りのあとの旅館の食堂で耳にした集団自殺のニュース.そこから生きること死ぬこと,意味と無意味について語られている.

集団自殺のニュースを見て,この旅館の食堂の他の登山客が「なんで死ぬんだろうねえ、死ぬ気になればなんだってできるだろうに」と言ったそうだ.ぼくもそう思う.今までは間違いなくそう思っていた.

でも,それはちょっと違うのかもなぁと今は思う.

「この死にたくなる感じというのは、言葉にすると、こうだ。」と言って,彼女は自らの体験をもとに死にたいときの気持ちを表現している.長い文章だから引用はしないのでリンクをたどって読んでほしい.

その文章で表現されていることが,すべての人に当てはまるわけではないだろう.だけど,ひとつの答えであることは間違いない.その文章を読んで,今までとは違う世界を知った気がした.

自分だって今まで死にたいと思ったことはあるはず.でも,よく覚えていない.覚えていないということは,その程度のことだったと言うことだろう.臆病で小心者なくせになぜか楽観的な性格のおかげだろうか.だから,ギリギリまで追いつめられた経験がない.

だから,死にたいと思う人の気持ちを理解することができなかった.だから,「なんで死ぬんだろうねえ、死ぬ気になればなんだってできるだろうに」と思ってしまう.

でも,それはきっと違うんだ.

「死ぬ気になってやれることが死ぬことだった」そんな人もいるのかもしれないと思った..悲しいことだけれど追いつめられて追いつめられて追いつめられると人はそうなってしまうのかもしれない.

生きる意味ってなんだろう?

むずかしいね.ずっと考えてきたけど,まだ答えは見つからない.きっと死ぬまで見つからないような気がする.

だけど,無意味だとは思わない.決して思わない.意味は有ったり無かったりするものではなくて,与えるものだと思うから.たとえ他人には理解されなくとも,自分が与えた意味があれば良いのではないかと思う.

宇宙の存在は無意味だという人がいる.でも,ぼくがここに存在するために宇宙は必要なのだ.

田口ランディブログ:アメーバ的日常

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2004/10/20

横浜トリエンナーレ

第一回横浜トリエンナーレが開催されたのが2001年.
「トリエンナーレ」とは、イタリア語で「3年に1度の祭典」を意味するもので、3年おきに継続して開催される大規模な現代美術の国際展です。(横浜トリエンナーレ2001公式サイトより引用)とのことだから,「今年が第二回の開催年?」と思っていたのだがどうやら違うらしい.

横浜トリエンナーレ2005ということで,来年の9月中旬〜12月中旬に開催されるようです.

アートにそれほど興味があったわけではないけど,2001年のトリエンナーレはとても楽しめました.
だから,来年のトリエンナーレにも大いに期待しています.待ち遠しいなぁ.

横浜トリエンナーレ2005 公式サイト

| | コメント (0) | トラックバック (0)

偏見を捨てよう

今月22日に新潮社から「電車男」と言う一冊の本が出版されます.すでにいくつものBlogでも取り上げられているし,数日前にはニュースにもなっていたので知っている方も多いことでしょう.

とにかくとてもおもしろい話なので,そんな話知らないという人はぜひ一度読んでみることをオススメします.本で読んでも良いし,男達が後ろから撃たれるスレ 衛生兵を呼べでもいいと思います.

このお話に対して賛否両論いろいろあると思います.ここでは敢えて内容には触れません.各人がそれぞれに感じてもらえれば良いと思います.

私はこの話を読んで自分の愚かさを知りました.これまで2ちゃんねるに対してあまり良いイメージを持っていなかったけど,それが偏見だと言うことがわかりました.そして,ネットの持つ力を改めて実感しました.

結局のところ,どんな力であっても,それを良いことのために使うか悪いことのために使うか,それは力を使う人間次第なんですよね.ナイフが料理をする道具にも人を傷つける凶器にもなり得るように.

偏見を捨てて,真っ直ぐにモノを見るようにしたいと思います.
そして力の使い方を誤らないようにしたいなと思います.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004/10/13

ガウディ 時空の神話

アントニ・ガウディ
今なお建設中のサグラダ・ファミリアを設計したことで知られるカタルーニャの建築家.独創的な彼の建築は,見る者を魅了する.

サグラダ・ファミリア
1882年着工.前述の通り,現在も建設中の“生きた芸術作品”.完成は100年後か? 200年後か? 残念なことに,私もあなたも完成を目にすることはできそうもない.

ガウディのサグラダ・ファミリアを一目見たくてスペインへ渡った.聖家族教会の前に立ち,そびえる尖塔を見上げた時の感動は,今もバルセロナの蒼空や碧海と同じように鮮やかなままだ.

そんな私の記憶を刺激する写真展が新宿で開催されていると知り,先日新宿のコニカミノルタプラザへ足を運んだ.
それが,鈴木 豊 写真展 「ガウディ 時空の神話」である.

フォトクビカ(立体写真)と呼ばれる撮影手法で撮影されたガウディ建築の数々.この写真のすごさは言葉では到底説明できない.リンク先に画像があるのでぜひ写真を見てもらいたい.

一見,6x6で36枚の写真を集めて一枚の絵にしているだけのように見えるがそうではない.よく見てみると少しずつ角度を変えて撮影されていることがわかる.そして,それを理解してからもう一度写真を見てみよう.すると,今度は視覚が違和感に支配される.近くでじっと見つめていると気分が悪くなるほどだ.

しかし,離れて見てみると,再び違和感は消え,あたかもガウディの作り出した空間が目の前に広がっているかのように感じられてくる.これはなんとも不思議な感覚だ.だが,これは当然と言えば当然の感覚なのかもしれない.

あまり知られていないことだが,私たちは日常的に二つの世界を見ている.ひとつは右目の世界であり,もうひとつは言うまでもなく左目の世界である.二つの眼で見ている似て非なる世界を脳の中で合成し,ひとつの世界として認識しているのだ.二つあるはずの世界を自分の都合よく解釈し,合成してひとつの世界を作り出しているとも言える.

だから,36枚の写真からひとつの世界を合成することも可能なのではないか?そんなことをギャラリーで写真を見ながら考えていた.一枚一枚を個別に見ると平面なのに,それが集合すると立体になる.そんな不思議な力を持つフォトクビカ.おもしろい技法だ.

そして,その立体写真の被写体としてのガウディ.この取り合わせがまたいい.

ガウディの建築は,とにかく直線が少ない.ほとんどない.曲線と曲面でできている.それを普通に写真に撮ってもなかなかガウディの世界は表現できないのではないかと思う.だからこそ,フォトクビカが生きる.ガウディ建築の持つ奇妙で神秘的な空間を表現するのにぴったりなのだ.

写真展は今月21日まで開催中.会期はあとわずかだが,興味のある方はぜひギャラリーへ.
この不思議な感覚は,壁一面の大きさで飾られたギャラリーの大きな写真でなければ味わえません.

コニカミノルタプラザ特別企画展
鈴木 豊 写真展 「ガウディ 時空の神話」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004/10/06

地球は青いのか?

夢は宇宙旅行をすること.
子どもの頃からずっとそう思っている.

小学生の頃は,SFが大好きでたくさん本を読んだものだ.
自動車は空を飛び,腕には時計型の通信機.ロボットが街を歩き,空には宇宙船が行き交う.近未来として描かれていた21世紀に足を踏み入れ,小説の中の世界は一部が現実のものとなり,一部は空想のままである.

そして今またひとつの空想が現実のものになろうとしている.
それが宇宙旅行だ.

2004年10月4日,スペースシップワン2度目の宇宙飛行成功.
この日は宇宙旅行への扉を開いた日として,人々に記憶されることになるのだろうか?


民間宇宙船、2度目も成功=「銀河の旅」へ賞金11億円―米

【モハーベ4日】民間による有人宇宙飛行時代の到来を目指し、米カリフォルニア州のモハーベ砂漠で4日打ち上げられた飛行船「スペースシップワン」が 高度114キロの宇宙空間到達に成功、無事帰還した。これによって5日前の飛行に続く2回連続の成功を達成、米民間団体が用意した賞金1000万ドル(約11億円)を獲得することになった。

今回の飛行は宇宙旅行コンテストの一環で、再利用が可能な2人乗り以上の宇宙船によって2週間以内に2回宇宙へ到達するのが賞金獲得の条件だった。〔AFP=時事〕

ANSARI X PRIZE(英語)
livedoorの応援サイト(日本語)


死ぬまでに一度でいいから,まあるい地球を見てみたい.
本当に地球は青いのか?
ガガーリンの言葉を自分の目で確かめてみたいんだ.

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2004/10/01

雲–息子への手紙

先日,雲–息子への手紙と言う映画を見てきた.

その名の通り,雲の映画で,世界各地の雲の映像をバックに母から息子へ宛てられた手紙が朗読される.ぼくにはその物語はよくわからなかったけれど,雲の映像はすばらしかった.英語(またはフランス語)による朗読と,ゆったりとした雲の映像がつづくため,ときおり睡魔にも襲われかけたが,おかげでリラックスすることができた.空と雲が好きな人はおもしろいと思うのではないかな?

東京都写真美術館で10/22まで公開中

今週末も写真を見に行こうかなぁ?
見たいのがあるんだよね.

| | コメント (5) | トラックバック (2)

« 2004年9月 | トップページ | 2004年11月 »